どうする、2024初詣vol.1 幼き家康公ゆかりの場所で、新年の願いを込めて

公開日:2023.12.08     家康公
学問に励みながら、手植えした松?生母・於大亡き後の養母の菩提を弔った寺?
徳川家康生誕の地である岡崎には、家康公にまつわる様々なエピソードがあります。
今回は第一弾として幼き頃の家康公とゆかりのある、寺社仏閣を紹介します!

松平家代々の産土神・六所神社

【どうする、2024初詣①】
六所神社(ろくしょじんじゃ)
愛知県岡崎市明大寺町字耳取44

名鉄名古屋本線東岡崎駅から歩いて5分ほど。岡崎へと進出した松平家代々から厚い崇敬を受けていた「六所神社」。家康公誕生の際には、松平家の産土神(うぶすながみ)としての拝礼があったと言われています。慶長7年(1602)には家康公よりご朱印状と石高62石7斗を贈られ、同9年(1604)に社殿造営の上、神器の品々も寄進。
  • 楼門越しに望む鮮やかな拝殿

    楼門越しに望む鮮やかな拝殿

5万石以上の大名だけが許されたという石段を上ると極彩色が印象的な楼門が、そして、その奥には社殿が現れます。その華麗な彫刻や彩色は江戸時代のもので、徳川家光公の命により、寛永13年(1636)に建立されました。楼門の北側には、装飾や彩色のないシンプルな神供所も。
  • 国の重要文化財の拝殿

    国の重要文化財の拝殿

昭和48年(1973)から行われた修復工事により、建立当時の美しさが復活。また平成29年には3年に渡り行われていた平成大修復事業が完了。見目麗しいまでの社殿が蘇りました。七五三などのロケーションフォトにも最適です。初詣の時期も大いに賑わい、令和となった今もなお参拝者を大いに喜ばせています。
  • 国の重要文化財の神供所

    国の重要文化財の神供所

  • 小授け・安産のご利益も

    小授け・安産のご利益も

入母屋造の楼門と権現造の社殿(本殿、幣殿、拝殿)に加えて、楼門の北側にあり、装飾や彩色の少ない神供所(しんくしょ)が国の重要文化財に指定。家康公の生まれた土地の守り神として子授けのご利益があるとされ、安産の神様としても信仰されています。

家康公が学問に励んだ法蔵寺

  • 石段の下から望む鐘楼門

    石段の下から望む鐘楼門

【どうする、2024初詣②】
法蔵寺(ほうぞうじ)
愛知県岡崎市本宿町寺山1

名鉄名古屋本線本宿駅から歩いて10分ほど。国道1号線から南へ一本入った、東海道の街道沿いに静かに佇む「法蔵寺」。
  • 本堂

    本堂

  • 東照宮

    東照宮

  • 鐘楼門と市名木(桜)

    鐘楼門と市名木(桜)

桶狭間の合戦後、家康公は段銭徴収や罪人逮捕などのために守護使が立ち入ることを禁止する、守護不入の特権を与えるなど「法蔵寺」を優遇。江戸時代には東海道に接していることから参詣者も多く、江戸幕府からの庇護も厚かったそうです。また家康公が幼少の頃には、手習いや漢籍などの学問に励んだと伝えられています。

また境内には本堂、鐘楼門、東照宮、六角堂などの貴重な文化財が残されています。岡崎市指定の天然記念物で、家康公のお手植えと伝わるヤマザクラや、樹高12mに達する優美なイヌマキも見どころです。
「御草紙掛松」は家康公の手植えの松で、手習いの際に草紙を掛けたことがその由来。代々、受け継がれてきましたが、平成17年8月、虫害により枯れてしまいました。現在、東海道沿いで見守るように佇む松は「慣れ親しんだ松を後世に伝えよう」と地元有志により植樹されたもの。また周囲の石柵は文化12年(1815)旗本木造清左衛門俊往の寄進で、風情あふれる雰囲気を演出しています。
東照宮へ行く途中には松平家の霊廟(10基)とともに、家康公の三大危機のひとつと言われる、武田信玄との三方ヶ原の合戦忠死者の墓も18基。その中には、大河ドラマ「どうする家康」第8話「三河一揆でどうする!」での甲本雅裕さんの熱演も記憶に新しい、家康公の身代わりに壮絶な死を迎えた夏目広次の墓も。
さらに新撰組局長・近藤勇のものと伝わる首塚もあります。近藤勇は明治元年に東京都板橋の刑場で斬首された後、京都三条大橋西に晒された首を同志が持ち出し、近藤勇が生前敬慕していた和尚に埋葬を依頼。39代目の住職として転任していた「法蔵寺」に、ひっそりと弔ったと言われています。

養母の久姫を弔った隨念寺

【どうする、2024初詣③】
隨念寺(ずいねんじ)
愛知県岡崎市門前町91-1

岡崎市中央部の丘の中腹に位置する、浄土宗の寺院が「隨念寺」。永禄5年(1562)に家康公が祖父の松平清康公と清康公の妹で大叔母にあたる久姫の菩提を弔うために創建しました。その後、2代将軍の徳川秀忠公が1619年に本堂と鐘楼門、1788年に庫裏や大方丈を再建。現在の「隨念寺」の形となりました。
大河ドラマ「どうする家康」で松嶋菜々子さんが演じていた生母「於大」と生き別れた家康公の乳母を務めた後(3~6歳の間)、岡崎城で亡くなったのが「久姫」です。久姫が岡崎城で亡くなる際、清康公を弔うお寺を建ててほしいと家康公に遺言を残したことが「隨念寺」創建のきっかけに。
  • 本堂

    本堂

  • 三重塔

    三重塔

  • 楼門と白土塀

    楼門と白土塀

特に楼門と白土塀が美しく、幸運にも三河地震による倒壊を免れて、また岡崎空襲の被害も総門だけに留まり、約400年前に建てられたうぐいす張りの本堂など、当時の姿をそのまま残しています。

災害、戦火を免れたことで保存状態も良好、名鉄名古屋本東岡崎駅や岡崎城など岡崎市の中心部にほど近い街中にありながら、落ち着いた雰囲気を漂わせています。庫裡、大方丈、城郭等の整備は1778年より10年の歳月をかけて完成。丁寧に手入れされた境内の樹木も相まって、何とも清々しい佇まいが魅力です。城の防衛拠点としての名残もあり、岡崎市内の神社仏閣の中でも特に江戸幕府からの庇護が厚かったことが随所に伺えます。

初詣は家康公ゆかりの寺社仏閣へ

12月17日(日)の放送で最終回を迎える大河ドラマ「どうする家康」。ドラマチックイヤーの締めくくりとして、2024年の初詣は家康公ゆかりの寺社仏閣で旧年の感謝を捧げて、新年の無事や平安を祈願してみては?