「どうする家康」瀬名姫ロスの皆様と聖地巡礼へ!築山殿の由来となった場所とは?

公開日:2023.09.30     どうする
徳川家康公の正室で、戦国の世に翻弄された悲劇のヒロイン・瀬名姫。
大河ドラマ「どうする家康」第25回の「はるかに遠い夢」では、
築山殿とも呼ばれる瀬名姫(有村架純さん)の最期が感動的に描かれました。
というわけで今回は、未だ瀬名姫ロスの方も多いということで聖地巡礼!
築山殿の由来となった、岡崎市内の瀬名姫ゆかりの地めぐりへ。

瀬名姫が「築山殿」と呼ばれる理由

  • 瀬名姫が岡崎で身を寄せていた「築山稲荷」の跡地。岡崎公園から歩いて10分ほど、現在は岡崎康生郵便局に

    瀬名姫が岡崎で身を寄せていた「築山稲荷」の跡地。岡崎公園から歩いて10分ほど、現在は岡崎康生郵便局に

大河ドラマ「どうする家康」第24回のタイトルにもある「築山へ集え!」。有村架純さん演じる瀬名姫が描いた夢、戦のない慈愛の心で結びついた国を求めて「(岡崎城下の)築山に集いたまえ」と久松長家、今川氏真、武田勝頼らに呼びかけました。

瀬名姫が「築山殿(つきやまどの)」と呼ばれる由来となったのが岡崎の「築山」という地名です。

徳川家康公の正室(高貴な人物の正式な妻)となった瀬名姫は、駿府で家康公と婚姻を結んだ後、岡崎城下の「築山」へ移ったとされています。

「築山殿」という呼び名は、結婚後に移り住んでいたこの地名からきています。
  • 国道1号線から少し入った中央緑道。NTT西日本岡崎ビル(写真右側の建物)の辺りに「総持尼寺」はありました

    国道1号線から少し入った中央緑道。NTT西日本岡崎ビル(写真右側の建物)の辺りに「総持尼寺」はありました

瀬名姫が築山の地で身を寄せていた「総持尼寺(そうじにじ)」と「築山稲荷(つきやまいなり)」は今も存在していますが、ともに築山にはなく大正時代に岡崎市中町へと移転しています。

岡崎公園から歩いて10分ほど、国道1号線から少し入った場所で、現在の「岡崎康生郵便局」のある辺りが「築山稲荷」、「NTT西日本岡崎ビル」のある辺りが「総持尼寺」だったと言われています。

そこには岡崎市の新名所としてキレイに整備された籠田公園や桜城橋、中央緑道(天下の道)があります。地名も築山から康生通南二丁目に変更されました。

かつての荘厳な寺社の面影はありませんが、大河ドラマ「どうする家康」で瀬名姫が願った安寧な世を想起させる穏やかな場所として、岡崎市民を中心に愛されています。

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■築山御殿推定地(つきやまごてんすいていち)
愛知県岡崎市康生通南2

総持尼寺と築山稲荷の今

  • 総持尼寺

    総持尼寺

岡崎城外の築山にある「総持尼寺(そうじにじ)」と「築山稲荷(つきやまいなり)」。永禄3年(1560)の桶狭間の戦い後に、瀬名姫が居住・生活していたことから、瀬名姫は「築山殿」と呼ばれるようになりましたが、「総持尼寺」はほぼ廃寺寸前だった昭和5年(1930)に「築山稲荷」とともに現在の場所へ。
  • 築山稲荷

    築山稲荷

大河ドラマ「どうする家康」では最期のときまで、日本国が安寧の地となることを望んだ有村架純さん演じる瀬名姫。

岡崎市中町の住宅街にひっそりと佇む「瑞生山 総持尼寺」と「築山稲荷」で、瀬名姫を偲びながら、静かに手を合わせてみては。

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■総持尼寺(そうじにじ)
愛知県岡崎市中町小猿塚37

■築山稲荷(つきやまいなり)
愛知県岡崎市中町小猿塚33-7

瀬名姫の首塚と祐傳寺

  • 祐傳寺の本堂

    祐傳寺の本堂

岡崎市の中心部で、岡崎市役所のすぐ近くにある小さなお寺「祐傳寺(ゆうでんじ)」には瀬名姫の首塚がありました。

瀬名姫の死の原因には諸説ありますが、信康の正室で、信長の娘である五徳の訴えにより、武田と内通した瀬名姫を信長が家康公に命じて殺害させたというものが一般的でしょうか。

大河ドラマ「どうする家康」では、瀬名姫を演じる有村架純さんが「本当の私はあなたの心におります」と、家康公への愛を最期まで貫き自害。大河ドラマ「どうする家康」最大の悲劇として描かれ、瀬名姫ロスは日本中に広がりました。
  • 瀬名姫供養の五輪塔

    瀬名姫供養の五輪塔

瀬名姫の首は信長が本物かどうか確認した後、家康公の重臣で、当時の岡崎城代・石川数正が持ち帰り、この「祐傳寺」に埋葬。「築山神明宮」が勧請されました。

「祐傳寺」石柱の門を入ってすぐ左手には、四角や丸、三角の石が積み重なった小さな供養墓の五輪塔が祀られています。

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■祐傳寺(ゆうでんじ)
愛知県岡崎市両町2-56

八柱神社の築山神明宮

  • 八柱神社の本堂

    八柱神社の本堂

  • 西参道より築山御殿御塚へ

    西参道より築山御殿御塚へ

昭和9年に岡崎市の欠町広見西通りより現在の欠町石ヶ崎に移転遷宮した「八柱神社」。

その際に「築山神明宮」を本殿下陣に合祀された際に、瀬名姫の首塚もこの場所に移されました。今も境内の西側の老杉に囲まれながら、静かに奉齋されています。「八柱神社」の御朱印は「岡崎天満宮」の授与所で授かることができます。

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■八柱神社(やはしらじんじゃ)
愛知県岡崎市欠町石ヶ崎52-1

若宮八幡宮には嫡男・信康の首塚も

  • 若宮八幡宮の鳥居と本堂

    若宮八幡宮の鳥居と本堂

「若宮八幡宮」には家康公の嫡男・松平信康の首塚があります。

瀬名姫の死を描いた大河ドラマ「どうする家康」と同じ放送回において、細田佳央太さん演じる松平信康は、家康公の苦渋の決断による身代わりを立てた逃亡を良しとせず自刃。

「我が首をしかと信長に届けよ。わしが徳川を守ったんじゃ。信康は見事務めを果たしたと父上に」と最期の言葉を振り絞るように、天正7年(1579)二俣城内で21 歳という若さで亡くなりました。
  • 松平信康の首塚

    松平信康の首塚

その後、重臣の石川数正が岡崎城代となりましたが、信康の死後、岡崎城内には怪異現象が度重なったとされ、「若宮八幡宮」境内に供養塔の首塚を建てるなど丁寧に合祀されました。

岡崎公園から車で5分ほど、境内には駐車場もありアクセスもしやすいので、瀬名姫ゆかりの地めぐりのひとつとして、ぜひ立ち寄ってみください。

「若宮八幡宮」の御朱印も「八柱神社」と同様に、「岡崎天満宮」の授与所で授かることができます。

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■若宮八幡宮(わかみやはちまんぐう)
愛知県岡崎市朝日町森畔12

瀬名姫の聖地巡礼へ

  • 近隣ビルから望む築山御殿推定地

    近隣ビルから望む築山御殿推定地

2021年3月に開通した、籠田公園と桜城橋を結ぶ道でもあり、広場でもある「中央緑道(天下の道)」。

遥か400年以上も昔、戦国の世へと遡り、瀬名姫(有村架純さん)が、日本国がひとつとなる夢を描いた築山の地へ。平穏の世を象徴するような自然豊かな憩いのスポットへと移り変わった場所で、慈愛の心とともに、くつろぎのひとときを過ごしてみては?