何でもあって、ちょうどいい。
岡崎に暮らす皆さんはラッキーです!

公開日:2018.09.03
  • キャイ~ン 天野ひろゆき さん
  •   じゃん だら りん
岡崎市で生まれ、羽根小学校、南中学校で学んだキャイ~ンの天野ひろゆきさん。ふるさとをこよなく愛する、大人気のお笑い芸人です。
でも、本コーナーの第1回ゲストだとお話すると、「ボクでいいのかなあ?」と照れ笑い。キャイ~ン結成から30年近くたった今もずっと変わらない、ナチュラルさが魅力の天野さんに、地元岡崎についてうかがいました。

男ばかりで見ても、花火大会は最高です

「岡崎といえば、花火大会でしょう。生まれたときから、見ていますよ」
開口一番、そう笑った天野さん。岡崎の花火大会は、今年2018年で70回を数え、三河花火の伝統を受け継ぐ花火師が長い歴史を支えています。岡崎には、江戸時代から続く花火工場などもあって、とても身近だったと振り返ります。
「うちにはいつも、『ドラゴン』とか花火がいろいろありましたね」
岡崎市民にとって、花火大会は「特別なイベント」です。
「男子高校生はみんな、『彼女をつくって一緒に花火大会に行く』ことが夢。もちろん、ボクもそうでした。実現できたうらやましいヤツもいましたが、ボクは結局、毎年、男ばかりでバカ騒ぎしていました」
毎年、花火を見るのは乙川近くの友人宅からだったといいます。
「乙川から見る花火はサイコーですよね。年1回じゃもったいないから、冬にも開催してもらえませんか!」

グルメで料理家、その才能が開花したとき

高校時代に市内のレストランで、アルバイトを始めた天野さんは、さまざまな美味しさに出会います。
「ドリアを初めて食べたとき、うますぎてびっくりしましたね。パスタもナポリタンしか知りませんでしたから、世の中にはうまいものがたくさんあるなあって。もっと知りたい! うまいもの食べたい!って、食欲が爆発しました」

アルバイト先では、しだいにキッチンを任されるようになります。
「初めの頃、ボクが作った料理は食べ残しがありました。でも、だんだんと完食してくれるお客さんが増えて、うれしかったですね。あれはもう、料理家の感動ですよ」
人に料理をふるまって、食べてもらうことがうれしい。天野ひろゆきさんを語るうえで欠かせない、グルメの片鱗も、料理家としての基礎も、手製の料理をふるまう“天野会”に友人を招くことも、岡崎のレストランに原点があるのです。

ある日、アルバイト先に高校の先生が来ました。
「アルバイトは禁止でしたから、『絶対怒られる。停学になったらどうしよう』ってヒヤヒヤしていました。そしたら、『ハンバーグ、美味しかったよ。がんばれ!』って、逆に応援してくれたんです」

忘れられない味が、岡崎にあります

高校を卒業後、天野さんは岡崎を離れました。それから30年。日本中、いえ、世界中の美味しさとたくさん出会ったでしょう。それでも、無性に食べたくなるのは、岡崎の味だといいます。
「なんといっても『はせべ』のうなぎですね。蒸さずに焼き上げるうなぎは、皮がパリパリで少し焦げ目もあって、ボクにとっての王道。これに勝るものはありません」
当時から行列店だったため、天野家ではうなぎだけを買ってきて、家で炊いたアツアツご飯にのせて食べるのがお決まりでした。
「うちはちょっとした祝い事があると、『はせべ』のうなぎでした。だから、今食べても、うれしい味がします」
岡崎の定番メニューが、ほかでは食べられないことに愕然としたこともあります。
「アルバイト先でしょっちゅう作っていた『ツナおろしスパ』や、『にかけうどん』は、三河にしかないんですよ。当たり前にあるはずのものが、ないって、さみしいです。地元グルメの東京進出を待っています」

ご存知ない方のために説明すると、ツナおろしスパは、玉ねぎ・ピーマンなどと塩味で炒めたパスタの上に、ツナと大根おろしをドサッとのせる。カイワレと海苔をちらし、醤油をくるっと回しかけていただくさっぱりパスタです。
にかけうどんは、出汁の効いたおつゆにうどんが浮かぶ、かけうどんに近いものです。具は、刻んだあげと紅白のかまぼこ、ネギ、そして、花かつおをもっさり。アツアツお出汁の上で、かつお節がふわふわ踊っているのをかき込むのが、岡崎流なのだそう。

とはいえ、幼少期は「ほとんど外食した記憶がない」という天野さん。“おふくろの味”は、味噌好きの岡崎人らしい「どて煮」。牛すじ肉を、赤みそとザラメ糖で煮込んだシンプルな料理ですが、今も、母の味にはかなわないといいます。
「母ちゃんは肉屋で働いてましたから、いい仕入れルートを持っていたんでしょう」
負けず嫌いっぽく照れながら、とびっきり笑顔が見られました。

離れてからわかる、岡崎の魅力がたくさんあります

昨年、東京国立博物館で行われた特別展「運慶」を見て、とても感動したという天野さん。平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した運慶について詳しく調べていたときに、驚きの事実を耳にします。
「運慶の作品で現存するものは、日本全国に30数体といわれています。それほど貴重なものですが、そのうち3体は岡崎の瀧山寺に所蔵されているんです。ボクは昨年、初めて知りました」

「ほかにも三河花火や、味噌の文化、石材産業も『石都岡崎』とよばれるほど盛んですよね。こうした古くからの技術を引き継ぐ人や歴史を感じる店などが、岡崎にはたくさんあります。でも、まだまだ知らないことがあるんじゃないかと思うんです」
だからこそ「もっと、隠れた魅力を知りたい」と力説します。
岡崎市役所などのPRにも期待しながら
「もっと興味を持って探したいですね。岡崎に暮らす皆さんは『何にもないよ』って思っているかもしれません。ボクも若い頃、そう思っていましたから……」

世界で唯一の、岡崎らしい岡崎であり続けて

岡崎愛が止まらない天野さんに、これからどんな町になってほしいか、聞いてみました。
「岡崎には城があって、公園があって、そんな景観を大切にしている。そういう岡崎らしい特徴を失わないでほしいです。世界のどこにでもあるような、似たり寄ったりの均一的な町ではなくて」
このとき一瞬、真剣な目をした天野さんは、すぐに笑顔になって

「ボク、徳川家康公に似ているんです」
失礼ながら、「体形ですか」と聞いてみたら
「天ぷら好きですし、薬フェチなところもあって。それに、家康公に“天下取りの手相”、ますかけ線があったことは有名ですが、実は、ボクにもあるんです」

ぜひ、お笑いの天下を取って、岡崎をもっとPRしてほしいとお願いすると
「天下取りはともかく、PRはどんどんしますよ。
でも、今でも、岡崎に暮らす皆さんは、とってもラッキーですよ。岡崎には何でもあって、そして、都会過ぎず、田舎過ぎず、ちょうどいい。岡崎を離れたボクにはよくわかります。よくわからない人は、ボクと一緒に、岡崎の魅力を深堀りしましょう」
  • 岡崎
  • 宣言
「じゃん だら りん」って、言ってみりん!

「じゃん だら りん」って、言ってみりん!

この合言葉を知っている人は、みんな友だちです

岡崎の人は、「~ほうじゃん」「~ほうだら」「~ほらみりん」などで終わる三河弁をよく使います。これを縮めて、「じゃん だら りん」だそう。 「日本全国、町の景観も、言葉も似てしまったらおもしろくない。岡崎は、岡崎らしく「じゃん だら りん」でいきましょう。いっそ、合言葉にしましょうか。 ボクには岡崎独特の言いまわしが染みついていて、大好き!故郷を思い出すこの合言葉を知っている人は、みんな友だちです