歩いて感じる歴史の曲り道「岡崎城下二十七曲り」

公開日:2026.03.27     まなぶ
岡崎の城下町には、城の防衛のために、かつての岡崎城主によってあえて曲げてつくられた道があり、「岡崎城下二十七曲り」として知られています。

碑や道標などは現在でも残っていますが、景色に溶け込んでいるため、意識しなければ通り過ぎてしまう場所も少なくありません。

今回は、まちなかに残る「岡崎城下二十七曲り」の痕跡を、その道筋をたどりながらご紹介します。

岡崎城下二十七曲りとは

岡崎城下二十七曲り(以下、二十七曲り)とは、天正18(1590)年から10年かけて、当時の岡崎城主・田中吉政が城の防衛を目的に整備した、曲がりくねった岡崎城下の街道のことを指します。

城下の道は、外敵が一直線に攻め込めないように、城までの距離を伸ばし、間道を利用して防衛することができるような屈折の多い道が特徴で、岡崎はその典型的な例です。
徳川の安定政権が続くにつれて防衛の役割が次第に薄れ、岡崎は城下町であると同時に宿場町として栄えていきました。

旅のヒントに

  • 金のわらじ案内柱

    金のわらじ案内柱

  • 金のわらじ案内柱

    金のわらじ案内柱

  • 曲がり角ごとにある道標

    曲がり角ごとにある道標

二十七曲りは曲がり角が多いため、つい道に迷ってしまいそうになります。
そこで、旅のヒントとしてぜひ探してほしいのが「金のわらじ案内柱」です。

道沿いに設置されているこの案内柱には、東側から順に「い・ろ・は……」といろは順の記号が記されており、「直進(610m)」や「右折(80m)」といったように、進むべき方向や距離を具体的に示してくれます。

さらに、曲がり角ごとには石柱の道標も設置されているので要チェックです!

スタート

  • 二十七曲りの碑と冠木門

    二十七曲りの碑と冠木門

  • 二十七曲りの碑と冠木門

    二十七曲りの碑と冠木門

今回の旅のスタート地点は、「二十七曲りの碑と冠木(かぶき)門」(根石町)。
石碑には二十七曲りについての説明と地図が記されており、地図を見ると曲がり角の多さがわかります。

ここから西へ、今回の旅のゴールである矢作橋(やはぎばし)を目指します。

岡崎宿の中心地・伝馬(てんま)通りへ

岡崎宿は、矢作川の舟運による物資集積で栄え、東海道五十三次の中でも三番目に規模の大きい宿場町でした。
スタート地点から、金のわらじ案内板を参考に西へ向かって歩いていくと、岡崎宿の中心地だった場所、伝馬通りに入ります。

ここでの楽しみは、伝馬通二丁目の歩道の両側に並ぶ、20基の小さな石彫です。
岡崎宿の歴史の語り部として、それぞれの石彫に込められたストーリーを楽しむことができます。

さらに、老舗・備前屋の壁面には、江戸時代の町並み図なども記されており、石彫とあわせて眺めることで、当時のにぎわいを想像することができます。

籠田(かごだ)公園へ

  • 籠田公園

    籠田公園

伝馬通りから南へ折れ、さらに西へと曲がり、岡崎信用金庫資料館を越えた先にある曲がり角には、道標が設置されていないため、進行方向に注意する必要があります。

桜の城橋~中央緑道~籠田公園からなる「天下の道」には徳川四天王の石像が点在しており、二十七曲りの道をたどる場合は北側へ進み、籠田公園(籠田町)を目指します。

公園の東側には、岡崎の城下町一帯を囲っていた城郭構造を構成する外堀の跡を示す看板が設置されており、この辺りまで城と城下町を含む城郭の範囲が広がっていたことがわかります。
また、園内に設置されている常夜燈(じょうやとう)は、もともと籠田町にあったものを、公園のリニューアルに合わせて再配置した、歴史ある遺産です。

連尺(れんじゃく)通り

公園を抜けて、岡崎の商店街発祥の地といわれる連尺通りへと進みます。

この通りは、家康公の祖父・松平清康のときに楽市が開かれた場所。
大久保忠茂によって市銭免税の楽市が許されたことをきっかけに、商人が集まり発展しました。
現在も呉服店や漆器店、刃物店などが点在し、岡崎の商いの歴史を感じます。

足下に目線を移すと、連尺町のしるし「ふくらすずめ」のイラストタイルが埋め込まれたボラード(車止め)を発見。
意識して見なければ通り過ぎてしまいそうな小さな意匠ですが、細部にこの町らしさが表れています。

二十七曲りの城下町を造った「田中吉政」と対面!

散策の途中、御旗(みはた)公園(松本町)に足を運んでみると、そこには田中吉政の像があります。

吉政は、二十七曲りをはじめ、岡崎城総構え、岡崎城下発展の基礎を造った人物です。今歩いているこの道も、吉政によって意図的に設計されたのだと思うと、景色がまた違って見えてきます。

周囲を見渡しながら歩こう

  • 田町角

    田町角

  • 金のわらじ案内柱(よ)と道標

    金のわらじ案内柱(よ)と道標

伊賀川を越えてさらに進むと、道は少し複雑になっていきます。
田町角(たまちかど)付近では、歩道橋もしくは横断歩道を使って国道1号を横断し、Uターンするように進むと、次の道標を見つけることができます。

旅のヒントである「金のわらじ案内柱」も、このあたりではちょっとした観察力が必要です。
例えば「よ」の記号の案内柱は、独立した柱ではなく、道路脇にあるカーブミラーのポールに描かれています。
さらに、石柱の道標も、建物の敷地内に入り込むように設置されているため、周囲をよく見渡しながら歩くことが、この歴史の曲がり道を攻略するコツです。

八丁味噌の蔵屋敷があるエリアへ

複雑な道を進んだ先に現れるのが、八丁味噌の蔵屋敷があるエリア。
二十七曲りの道を挟んで「まるや八丁味噌」と「カクキュー八丁味噌」の2軒の蔵元が立ち並んでいます。

ルートから一本横道に入り、「八丁蔵通り」に寄り道してみると、見事な蔵屋敷を見ることができます。
黒塗りの板張り壁面と漆喰塗の白い土壁の色彩の対比や、壁面に開けられた格子窓が連続するさまが特徴的で、路地には昔の風情が残っています。
なかでも、昭和16年まで味噌仕込み用の蔵として使用され、現在は史料館となっている大蔵は、国の登録有形文化財に登録されている貴重な建物です。

味噌蔵は、2軒とも当日受付で見学ができるため、散策の途中で立ち寄ってみるのもおすすめです。

矢作橋

ついに今回のゴールである「矢作橋」に到着です。

この橋は江戸時代、東海道の中でも最大級の長さを誇る橋として知られていました。
葛飾北斎や歌川広重などの浮世絵にも数多く描かれ、紀行文や詩歌などにも記されるなど、東海道の名所ともなっていました。

時代は流れ、現在の橋は16代目。
目の前に広がる矢作川と大きな矢作橋を眺めると、長い道のりを歩ききった達成感がこみ上げてきます。

まとめ

今回は、「岡崎城下二十七曲り」のルートを実際に紹介しました。

道のりは長いため、今日は気になるエリアだけ、というように、少しずつ歩いてみるのも二十七曲りの楽しみ方のひとつです。

また、ルートのすぐそばには、歴史ある寺社仏閣や、代々続く老舗などが数多く残っています。
気になる路地へ寄り道してみると、岡崎の城下町・宿場町としての魅力をより感じられるでしょう。

自分のペースで歩きながら、あなただけの二十七曲り歩きを楽しんでみてはいかがでしょうか。